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東京高等裁判所 昭和51年(う)309号 判決 1977年3月02日

主文

原判決中被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役三年六月に処する。

原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

押収してある大麻七袋(昭和五一年押第一一二号の2)、モルヒネ二袋(同押号の9)、けん銃二丁(同押号の3、4)、弾丸五〇発(鑑定に使用した一一発を含む。同押号の5、6)を没収する。

原審における訴訟費用は、昭和五〇年一一月七日通訳人植村邦彦に支給した分を除き、被告人と原審相被告人宮本篤一との連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大島四郎作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用し、これに対して、当裁判所は、記録を調査し、当審における事実取調の結果に基づき、つぎのとおり判断する。

職権をもつて按ずるに、原判決は、被告人は原判示麻薬、大麻、けん銃および実包を輸入するため、これらを所持してタイ国から原判示空港に到着したが、旅具検査を受けるにあたり、右麻薬等を申告せず税関長の許可を受けないで本邦内に搬入しようとしたところ係官に発見されたためその目的を遂げなかつたとの事実を認定し、これに対し関税法違反の点を除き麻薬取締法六五条三項一項一三条、銃砲刀剣類所持等取締法三条の二第三一条三項一項(いずれも輸入未遂の罪)および大麻取締法二四条の二第一号三条一項、火薬類取締法五九条二号二一条(いずれも所持の罪)を適用し、右のように事実を認定し適条した理由として関税法は同法二条一項一号で輸入の定義を掲げているので同法一〇九条一一一条等の輸入罪の既遂時期についても保税地域を経由しない場合は外国貨物を本邦へ陸揚することにより既遂となるが、保税地域を経由する場合には陸揚されてのち税関の関門を通過してはじめて既遂となると解されているのであつて、この考え方は、ひとり関税法に限らず、麻薬取締法、銃砲刀剣類所持等取締法、大麻取締法および火薬類取締法(以下これらの四つの法律を前記各取締法という)などに規定する輸入罪の既遂時期についても同様であるべきである。したがつて、本件において被告人が大麻および実包はもとより麻薬、けん銃についてもこれを申告しないで関税線を通過しようとしその目的を遂げなかつた行為は前記各取締法の輸入罪の未遂に該当するというべきであるが、大麻取締法および火薬類取締法には輸入罪の未遂を処罰する規定がないので、大麻および実包についての右行為は輸入罪の訴因に含まれていると考えられる所持罪の限度で有罪とすべきである(要旨)と判示している。なるほど関税法は同法二条一項一号で輸入とは外国から本邦に到着した貨物を保税地域を経由するものについては保税地域を経て本邦に引取ることをいうと定義しているから、同法一〇九条、一一一条等の輸入罪の既遂の時期は原判示のごとく解するのが相当である。

しかしながら、関税法が右のような定義規定を置いているのは、関税手続の適正な処理を図るという同法の立法趣旨(同法一条参照)からみて輸入を右のように規定すればそれで必要にして十分であると考えたからであつて、もし他の法令において輸入の意義を関税法におけるそれと別異に解すべき合理的な根拠があれば他の法令における輸入の意義について関税法における定義に従うのは相当でないと解される。ところで、前記各取締法には輸入に関する定義規定がないところ、それら法規の主たる立法趣旨は、麻薬、銃砲刀剣類、大麻、火薬類(以下、これらを麻薬、銃砲等という)の有害性、危険性に着目して危害または災害の発生を防止するため必要な規制をすることにあるのであり(前記各取締法の各一条参照)、この立法趣旨にかんがみると、外国から本邦へ搬入される麻薬、銃砲等についてはいち早くその規制をする必要があり、その必要性はそれが保税地域内であるか否かを問わないものと解される。なるほど原判決もいうとおり、保税地域内においては、税関による実力的支配が及び、物の自由な流通が行われず、輸入の本来の目的は達せられていないが、そうだからといつて保税地域内における麻薬、銃砲等の存在それ自体、何人かによるそれらの物の使用、移転等によつて危害または災害の発生する危険性は、保税地域外における場合より少いということはできない。また、原判決は関税線を通過する前の段階においては、輸入の予備、未遂罪により、また殺人、傷害等の犯行のため使用されたり譲渡されたりした場合にはそれらの犯罪により処罰することが可能であるというのであり、それが可能である場合のあることはいうまでもないが、そうだからといつて、右にみたとおり保税地域内における麻薬、銃砲等の使用、移転等による危害または災害発生の危険性は保税地域外における場合と異らないから、輸入罪について前記各取締法が定めている重い刑罰による威嚇を保税地域内における行為に及ぼさなくてもよいとはいえないというべきである。

このようにみてくると、前記各取締法における輸入の意義はこれを関税法におけるそれと別異に解すべき合理的な根拠があるというべきであり、前記各取締法の前記のような立法趣旨に照すと、麻薬銃砲等が本邦に搬入される早い段階でありかつ行為として把握するのが明確な本邦への陸揚をもつて前記各取締法にいう輸入と解するのが相当であり、したがつてまた、前記各取締法における輸入罪は麻薬、銃砲等が本邦へ陸揚されればそれが保税地域内であるとその外であるとを問わず直ちに既遂に達すると解するのが相当である(大審院昭和八年(れ)第七一七号、同年七月六日判決刑集一二巻一一二五頁、東京高裁昭和二九年(う)第二一九七号昭和三〇年八月三〇日判決高裁刑事裁判特報二巻八八〇頁、福岡高裁那覇支部昭和四九年(う)第二〇号同年五月一三日判決刑事裁判月報六巻五三七頁、大阪高裁昭和四六年(う)第二二三号同年六月八日判決参照)。そうすると、前記各取締法の輸入罪における輸入の意義および既遂時期に関する原判決の前記解釈は誤りであり、本件においては、前記各取締法の輸入罪はすべて既遂に達していると認めなければならない。

以上の次第で、原判決には、麻薬取締法六五条一項一三条、銃砲刀剣類所持取締法三一条一項三条の二、大麻取締法二四条二号四条一号、火薬類取締法五八条四号二四条一項の解釈を誤つた結果事実を誤認した違法があり、それらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、控訴趣意についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項三九二条二項三八〇条三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書の規定に従い本件について更に判決をすることとする。

(罪となるべき事実)

被告人は、原審相被告人宮本篤一、ロナルド・ウエイン・レイバンと共謀のうえ、

第一、法定の除外事由がなくかつ都道府県公安委員会の許可を受けないで、昭和五〇年五月二二日右宮本が携帯するサイドバツク内に覚せい剤と誤信していた麻薬であるモルヒネを含有する粉末931.87グラム(昭和五一年押第一一二号の9)、大麻である大麻草258.88グラム(前同押号の2)、けん銃二丁(前同押号の3、4)およびけん銃用実包五〇発(前同押号の5、6)を隠匿所持して、タイ国バンコツクの国際空港からサイアム航空VG九〇二便に搭乗し、同日午後八時ころ東京都大田区羽田空港二丁目五番六号東京国際空港に到着し、右麻薬等を本邦内に持ち込み、もつて、右麻薬等を輸入し、

第二、前記のとおり東京国際空港に到着した際、同空港内東京税関羽田支署旅具検査場において、旅具検査を受けるにあたり、前記のとおり宮本において麻薬等を携帯所持していたにもかかわらず、同署係官に対し右麻薬等を申告せず、もつて税関長の許可を受けないで右麻薬等を輸入しようとしたが、同支署係官に発見されてその目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人判示第一の所為中モルヒネを含有する粉末を輸入した点は刑法六〇条麻薬取締法六五条一項一三条(被告人らは犯行当時判示麻薬を覚せい剤と誤信していたものであるが、覚せい剤輸入罪と右の麻薬輸入罪とは、ともに法が覚せい剤と麻薬の中毒性、習慣性を考慮し、その濫用による保健衛生上の危害を防止することを目的とし、取締り方式も極めて近似するなどその罪質を同じくするものであり、前者は後者より法定刑がより重いのであるから、被告人は前記の麻薬取締法違反の責任を負うものと解される)に、大麻草を輸入した点は刑法六〇条大麻取締法二四条二号四条一号に、けん銃を輸入した点は包括して刑法六〇条銃砲刀剣類所持等取締法三一条一項三条の二に、実包五〇発を輸入した点は刑法六〇条火薬類取締法五八条四号二四条一項に、判示第二の所為は包括して刑法六〇条関税法一一一条二項一項(麻薬については関税法一〇九条二項一項の罪が成立すべきところ被告人が麻薬を覚せい剤と誤信していたので刑法三八条二項により関税法一一一条二項一項の罪で処断する)に該当するところ、判示第一の所為は一個の行為で四箇の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により最も重い麻薬取締法違反の罪の刑で処断すべく、関税法違反の罪につき所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条一〇条により重い麻薬取締法違反の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内では量刑処断するところ、本件は少くとも覚せい剤と誤信して麻薬を輸入した点については計画的な犯行であり、被告人は必要な資金を出すなど共犯者の中では首謀格と認められること、密輸入後の処分先については暴力団関係者が予定されていたとうかがわれること、麻薬の量が多量であるうえけん銃二丁、弾丸五〇発等も輸入していることなどに徴すると、被告人にとつて有利なすべての情状を考慮に入れても、その責任は重大であるから、被告人を懲役三年六月に処し、同法二一条を適用して原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入し、主文掲記の押収物はいずれも判示第二の輸入未遂罪にかかる貨物であるから関税法一一八条により没収し、原審における訴訟費用については、昭和五〇年一一月七日通訳人植村邦彦に支給した分を除き、刑訴法一八一条一項本文一八二条によりこれを被告人と原審相被告人宮本篤一との連帯負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

(石崎四郎 佐藤文哉 中野久利)

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